続・心機一転

個人的にテンションの上がった(゜∀゜)↑↑一言。

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まだK&V出演の娛樂百分百を見てないんですが、Mnetのわいどよねで少しだけ見ました。
カンタさんが小豬に向かって「我知道YOU(YOUのこと知ってますヨ)」って言ってるのを見て(画像右)なぜか私もテンションUP(゜∀゜)↑↑
てかYOUって何だYO!お前ジャ●さんかYO!(`‥´)=33
で、なぜカンタさんが小豬のこと知ってるのか?どこで知ったのか??と思って調べたら、
二人とも2004年の金曲獎出てたじゃーん。
ヴァネスと組めなかったら小豬とやるつもりだったのかね。全然想像できないけど。

ところで、台湾で何件も本屋回ってようやく買えた小豬の『羅志祥豬式會社』なんですが・・・。
最近やっと読み始めました。遅いよ!
訳も中途半端なところまでなんですがやってみたので載せます。これで3ページ弱ぐらい。全部訳すのには一体どれだけの時間がかかるのでしょう。
ぼちぼちやっていきます。

僕は火星のおサルさん①

もし僕の芸能活動があらゆる人に喜びをもたらすとしたら、楽天家でいつも笑いを振りまいてくれる両親に感謝しなくてはいけない。両親の愛情は僕に幸せをもたらし、大きな力を与えてくれる。幸せとは僕にとって、天国のような快楽であり、どんなプレッシャーもなく、何に対しても勝るものである。

1979年7月30日、僕は生まれた。そのころ家にはお金がなく、友人に借金を肩代わりされ、家庭経済は圧迫していた。そのためママは病院でお産するお金が無く、助産師さんだけを頼りに十坪ぐらいの広さの家で出産した。ママ曰く、僕が生まれたとき、ママとパパと助産師さんの三人は僕の容貌に驚いたという。なぜなら僕はパパとママの子だとは思えないほど全然似ていなく、それより人間というよりはおサルさんのようだったからだ。顔は黒く、ぶさいくで、さらにそのおサルの頭は三角錐のように飛び出ていてとても異様だった。
でもやはり自分の子供であるから、親しい友人達がママが生んだばかりの赤ちゃんを見に来る度に、ママはタオルで僕の頭をくるんでから僕を人前に出した。そして暇さえあれば、丹念に僕のまだ柔らかい頭蓋骨を撫でて、尖った頭が平らになるように願った。
9ヶ月ぐらい経つと、ママのおかげで僕は聡明で可愛い「人間に変身」できた。その頃パパとママにはお金がなかったので、僕を花蓮にいるおじいちゃんとおばあちゃんの家に一ヶ月間預けて、夫婦二人はその間たくさんお金を稼ぐことにした。パパとママが列車に乗って僕を花蓮のおじいちゃんの家に預けると、二人は列車に乗り基隆に戻った。列車の中で、ママはとても後ろ髪を引かれる思いで、僕の小さな顔を思い浮かべるとずっと泣きやむことはなかった。
ママ:「ううう、あなた、祥ちゃんに会いたくて仕方ないわ!」
パパ:「泣くんじゃないよ。一ヶ月なんてあっという間だ」
ママ:「あなた、一ヶ月も祥ちゃんを花蓮に置いておくなんていけないわ。一ヶ月なんて長すぎる」
パパ:「うん、そうだな」
ママ:「15日間にしましょう、いいでしょう?」
パパ;「そうだな」
ママ(しばらく黙ってから):「じゃあ10日間じゃダメかしら?」
パパ;「わかった、わかったよ!」
ママ(さらに黙って):「やっぱり5日間じゃダメ?」
パパ:「いいよ、そうしなさい」
ママ:「やっぱり明日迎えに行きましょう?」
パパ:「わかったから、そうしなさい」
なのでママは基隆に戻ったあと、次の日すぐ台北へ行き飛行機に乗って花蓮まで行った。ママが玄関に現れたのを見て、おじいちゃんはいぶかしげに聞いた。「一ヶ月預けるはずじゃなかったのかい?まだ一日しか経ってないじゃないか」それからもうママは僕を放そうとはせず、一家三人貧しかったけど一緒に暮らすことになった。
僕がまだ一歳にならない頃、ある日ママと僕は写真撮影をした後、ママは無造作に僕を壁際にもたらせておいた。まさか僕が壁にある窓につまづいて外に落ちるとは知らずに。その頃僕の家には自分達のトイレがなく、キッチンですら近所と共同で、窓の外こそみんなの共用のキッチンだった。転んだ後僕の後頭部は地面に落ち、目からは星が出て、泣きもわめきもせず、どうしたらよいか分からずただその場にひれ伏していた。しばらく経ってからママが自分の可愛い祥ちゃんがいないことに気づき、あちこちみな探しても見つからず死ぬほど驚いた。そして大家さんが僕を地面から起こしてママに尋ねた。「どうして祥ちゃんがここにやってきたのかしら」ママはやっと僕が外に転げ落ちたことに気付き、僕が泣きもわめきもしないことに驚いて、急いで僕を病院に連れていき脳震盪をおこしていないか検査させた。
僕には一歳になる前の記憶がある。でもそれはキッチンで転んだ事件ではなく、誰かが家に借金の取り立てに来たときのことで、数人がパパに向かってお金を要求する書面を差し出していたのを見ていた。またパパが相手に対してもう少し時間をくれ、必ず返すと言っていた。僕はずっと家にどれだけの借金があるのか知らなかったが、十坪ぐらいの家は、当時泥棒なんて全然恐くなくて、ドアのカギも粗末なもので、一枚の硬貨を穴に挿し込んで回せば開いてしまうものだったが、パパもママもしっかりとしたカギに替えようだなんて思わなかった。
パパ曰く、ある日寝ているとなんと一人の泥棒が部屋に入ってきてあちこちひっくり返しているのを見てしまった。でもパパは安心してまた眠り続けたという。なぜならこの家にはどこを探しても一銭も見つからず、金目の物もないことを知っていたからである。だから泥棒なんてちっとも恐くなくて、このことから分かるように我が家はとっても貧乏だった。

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by kaoga-fuketa | 2006-07-18 11:54 | 中華芸能ネタ
初音ミクの新しいゲーム面白いです。
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