続・心機一転

2006年 04月 07日 ( 1 )




Play3月号P26~P29のJJインタビュー記事

幼い頃の未完成の夢

 ※ピンクはJJの発言
 ※黒字は愛のあるツッコミです

 林俊傑の創作は才能に溢れ、音楽業界及びファンの間では既に大ヒット間違いなしの保証を受けている。JJの音楽の才能を語るならば、話は彼の中学時代に遡らないといけない。

バンド“男子トイレ”の事、君は知りたい?
 想像できないだろうが、見た目は上品でおっとりしたJJだが、実は中学時代に既にバンド活動を始めていた。
「その頃香港のBeyondが流行っていて、彼らもまた僕らのバンドのアイドルだったんだ」
JJとお兄さんがメインボーカルを、お兄さんの友達がそれぞれベース、ギター、キーボードとドラムを担当して、六人組のバンドを結成した。それと同時に彼らは真面目にある特別な、響きの良いバンド名を決めた。
「僕らのバンド名はとても変わっていて、その名も『THE GENTS』!意味は『男子トイレ』なんだけど、僕らはこの名前に特別な意味を込めていたんだ。すなわち、紳士的であること、本当の“MAN”になるという意味をね」
ほとんどの公演で歌った曲はスロー・ロックだが、すべてバンドのメンバーが作ったものだった。
「基本的にドラムスが作詞を担当して、僕と兄さんが作曲したよ。せっかく自分達のバンドを結成したのだから、当然僕らだけの音楽作品を作りたいと思ったんだ」
中学から始めてたってのは初耳。早熟だったのねぇ。

音を外してみんなをビックリさせる
 バンドの力のために、JJは頑張って自分の作品を作った。良い作品を生み出したいというだけでなく、それは当然みんなの最終目標を達成するためだった。
「バンドを結成したのだから、僕らはすぐにひとつの目標を作ったんだ。自分達のCDを出すことをね。その夢は最後まで叶うことは無かったけど、その頃の思い出はとても素晴らしかったよ!」
六人は音楽の夢を実現させるために、また創作願望を達成させるために毎日食費や物を倹約し、一時間600元のレコーディングスタジオをレンタルした。だが彼に最も印象深くさせた経験は何よりもこのことだった。
「兄さんの学校で公演したときのことなんだけど、僕ら『THE GENTS』はついに大きな公演をすることになったんだ。その日僕の兄さんがメインボーカルを担当して、僕はハモる役だったんだけど、僕があまりにメインボーカルに慣れ過ぎてしまっていたからかもしれないけど、その日の僕のハモリはメインボーカルの音を超えてしまったんだ。みんな完全に音程がギリギリのところまで行ってしまって、その場にいた人全員ビックリしたと思う。お客さんはその日僕らが何を歌っていたのかわかんなかったんじゃないかな」
恥ずかしい失敗だったが、これはJJに忘れられない実戦経験を学ばせた。最後『THE GENTS』のメンバーはそれぞれの未来の目標に向かって、JJも「ソロ立ち」のために、15歳から17歳までの忘れられないバンド体験を終えた。JJに将来またバンドを組みたいかと聞いてみると、深く考えて彼はこう答えた。
「僕が歌手になった後、その質問について考えたことがある。みんなにはR&Bが得意な僕以外にも、機会があれば将来僕のロックな一面も見せたいな。ひょっとしたら僕がメインボーカルを担うとは限らないよ。もし純粋に音楽制作だけに取り組めたならどんなにいいだろうか」
「走音」っていう単語がよくわかんなくて、ヤフーとかで調べてみたんだけどたぶん「音を外す」ってことだろうと思いました。最初は声が裏返ることかな?と思ったんですけど・・・。イマイチわからん><

音楽生活の中での赤っ恥事件
 二年間のバンド生活に終止符を打ったが、JJは音楽の夢を諦めず、高校進学後の彼は依然として音楽創作に努力を惜しまずに同級生達と「音楽創作部」を結成した。互いに切磋琢磨し、そのときの部の顧問の先生がシンガポールの有名なミュージシャンである梁文福を招いた。
「梁先生の作った曲は陳潔儀の『喜歡你』を含めて(僕はこの「君と一緒に、君の行く場所へ僕を連れて行って・・・」というのが好きで・・・ああ!本当にこれはめちゃくちゃイイ曲だよ!)その頃の彼と潘協慶はまさに僕の心の中の二大天王だったんだよ」

 部活動が精彩を放っていただけでなく、JJの高校時代における音楽生活は豊富だった。
「僕はよく機会さえあれば学内の創作大会に参加していたので、成績も問題なかったし、全校生徒の前で発表するチャンスが多かったんだ。」
どうやら、JJはきっと学内で有名な今をときめく人物だったようだ。それならおそらく憧れて求愛する子がひっきりなしにやってきたのではないか?
「そんなことないよ!たぶん僕の性格が恥ずかしがりやだからだと思うけど、女の子と出会うチャンスなんてまるでなかったよ!でも一度だけ覚えてるのは、僕と友達が学食で歌の練習をしているとき、他校の女の子達が自発的に僕らの元へやって来て、話をしようと・・・(照)」
ちょっとー!大事なトコロで言葉濁さないでよ!「(照)」の後はどうなったのよ!?

 JJは休み時間に数人の友達と学食で歌の練習をするのが好きだった。だがそこで、彼にとって一生忘れられない「赤っ恥」な事件が起きたのだった。
「ある日練習していると、ギターの弦が切れてしまったんだ。それで僕はちょうどよく僕の替わりに友人に弦を買ってきてもらおうと思ったんだ。でも僕と彼との距離がちょっと遠かったから、僕がごく自然に『僕にG STRING(G弦)を買ってきて!』と大きな声で頼んだんだよ。でもそれが僕を全校生徒の笑い者にしてしまったんだ!」
なぜなら、ギターのG弦と「Tバック」の別称の発音が一緒だったからである。このおかげで彼は一躍学校の有名人になってしまった。
「僕は覚えてるよ、デビュー後に誰かがネット上でこの事件のことをバラしたことをね!(笑)」
(ばく笑)

音楽はその人の精神と心構えを現す
 高校の部活動でも、やはりJJは中学時代のバンド生活が忘れられなかった。ひょっとしたら昔の未完成の夢を実現させるためなのか。「曹操」、これは日本と英国のロックを融合させた作品である。JJは自分の高く評価する音楽理念を利用してこう述べる。
「音楽を作るときの僕は、曹操が初めて天下を統一しようと思ったときと同じ気持ちになるんだ。命がけですべてを差し出して、全ての人の耳を征服したい、音楽で人の心を一体にしたいっていうね」
大きく出たなぁ~(笑)

 またこの最新アルバムは、JJは過去三枚のアルバムにおける時空の概念を捨て、音楽本来の秩序に戻り、ナチュラルとシンプルを以てして音楽の旋律と歌の感動を現している。
「実は僕は音楽作りはある一種の心構えだと思って居るんだ、それはすなわち『J Fusion』。R&Bとその他の多くの音楽要因を組み合わせて、Funk、Hip-Hop、Soul、New-Age或いはRockなどを含め、音楽上で矛盾する衝突ポイントを利用するんだ。そしてそれを自分の音楽の特徴にしたい。これこそが僕の作曲の心構えだよ!」
たとえば「曹操」は東方風の歌だが、しかしJJは中国の楽器を一切使用せず、逆に西方の楽器を使用して、東方楽器の演奏スタイルとを結合させ、やはり特色のある曲に仕上がっている。

 タイトル曲の「曹操」以外に、JJはアルバム中の他のアップテンポな曲を特にオススメしている。
「僕はダンスが好きなので、前作のアルバムからダンスを重視し始めたんだ。身体を使って音楽を表現できればいいなと思って。今回のアルバムにある『波間帯』はダンスの躍動感によって音楽を完全に表現した作品で、他にもダンスの歌を作りたいなと思ってるんだ」

う~ん、納得のいく訳が出来てない部分もありますがざっとこんな感じ。もうひとつ鉄道内で拾ってきた新聞にJJ記事が載ってたのでそちらもいずれ訳してみます。
訳、鵜呑みにしないでね~。

[PR]



by kaoga-fuketa | 2006-04-07 13:14 | JJ林俊傑
初音ミクの新しいゲーム面白いです。
by kaoga-fuketa
プロフィールを見る
画像一覧

有り難きリンク

つれづれっと
たまさんのブログ

manaの つれづれなるままに。
猫のヘソンカワイイー
ってかアバタ似すぎ

at the BLACK HOLE
+燐+さんのブログ

一輩子都忘不了
kazuさんのブログ

J.J's Westside
JJ本人のブログ
(旧ブログはこっち

JJBOY的部落格
JJ本人のブログ2 
最近はこっちの方が更新されてる。
ココも同じ。

林俊傑悠悠小客廳
OPENしました。
本人の書き込みもあります。

検索

ファン

ブログジャンル

画像一覧